技術者が知っておくべき学会発表・展示会と知財戦略:研究成果公開前に考慮すべきこと
はじめに
研究開発に携わる技術者にとって、学会での成果発表や展示会での技術デモンストレーションは、非常に重要な活動です。これは、自身の研究内容を世に問い、専門家からのフィードバックを得たり、共同研究の機会を探ったり、あるいは自社の技術力やブランド力をアピールしたりするための貴重な場となります。
しかしながら、これらの場での「公開」行為が、実は知的財産権、特に特許取得の可能性に大きな影響を与えることを、技術者は十分に理解しておく必要があります。意図しない形で重要な研究成果の特許性を失ってしまったり、他社との契約交渉において不利な立場に立たされたりするリスクも潜んでいます。
本記事では、技術者が学会発表や展示会などの「公開」に臨むにあたり、知っておくべき知財の基礎知識と、研究開発成果を最大限に活かすための実践的な知財戦略について、技術者視点から解説します。
なぜ技術公開が知財に影響するのか:特許の新規性・進歩性
特許を取得するためには、その発明が「新規性」と「進歩性」を持っていることが重要な要件となります。
- 新規性: その発明が、特許出願時よりも前に、既に世の中に知られていない、あるいは公開されていないことを指します。
- 進歩性: その発明が、既にある技術(先行技術)に基づいて、当業者が容易に思いつくことができない程度に改良されていることを指します。
学会発表、展示会でのデモンストレーション、論文発表、Webサイトでの公開などは、すべてこの「新規性」を失わせる可能性のある「公開」行為に該当します。一度公開された技術は、原則として新規性を失い、その後はその技術について特許を取得することが非常に難しくなります。
もちろん、展示会での個別の商談において、秘密保持契約(NDA)を締結した上で技術詳細を説明するなど、公開に当たらないケースや、一定の例外規定(後述)は存在しますが、基本的な原則として「公開は特許性を失わせる」という点を強く認識しておく必要があります。
公開前に技術者が検討すべき知財オプション
研究開発の成果を発表・展示することを計画する際には、公開のタイミングに合わせて、以下の知財オプションを検討し、適切な行動を取ることが不可欠です。
1. 出願が基本:公開前に特許出願を完了させる
最も確実で推奨されるアプローチは、発表・展示を行うよりも前に、関連する発明について特許出願を完了させておくことです。出願日以降に公開された情報は、その特許出願にとっては新規性を損なう「先行技術」とはみなされません。
学会発表や展示会が計画されたら、発表する技術内容の中に特許になり得る発明が含まれていないか、早期に検討を開始してください。そして、そのような発明が見つかった場合は、社内の知財部門や弁理士と連携し、発表日よりも十分に前倒しして出願手続きを進める必要があります。具体的な期日については、知財部門と密にコミュニケーションを取ってください。
2. 秘密保持契約(NDA)の活用
特定の顧客や共同研究パートナーなど、限られた相手に対して、技術詳細を伝える必要があるものの、一般公開は避けたいという場合があります。このような状況では、相手方との間で秘密保持契約(NDA; Non-Disclosure Agreement)を締結することが有効です。
NDAを締結することで、開示された情報が秘密として扱われ、相手方によって勝手に公開されたり、別の目的で利用されたりすることを防ぐことができます。展示会などで個別ブースでの詳細説明や、デモンストレーションを行う際には、NDAの締結を検討すると良いでしょう。ただし、NDAは相手方との契約であり、不特定多数に対する発表(口頭発表、ポスター掲示など)には適用できません。
3. 公開範囲の限定
発表・展示する情報の内容そのものを調整することも、一つの戦略です。発明の核心部分や、製品の競争優位性となる技術的な「勘所」については、詳細な説明を避け、概念的な内容や応用例に留めるという選択肢も考えられます。
チーム内で、どの情報を公開し、どの情報を秘密情報として保持するかを議論し、技術戦略、事業戦略、そして知財戦略の整合性を図ることが重要です。特にチームリーダーやマネージャーは、この情報の取捨選択において、知財の観点も含めた判断を主導する必要があります。
新規性喪失の例外規定とその注意点
日本の特許法には、一定の条件下で、自身の公開行為によっても特許性を失わないとする「新規性喪失の例外規定」(特許法第30条)があります。例えば、所定の学会で発表したり、指定の展示会に出品したりした場合、その公開日から6ヶ月以内に特許出願を行い、かつ所定の手続き(証明書の提出など)を行えば、自らの公開行為によって新規性が失われたとみなされない場合があります。
しかし、この例外規定に頼ることは、以下の理由から、推奨されるアプローチではありません。
- 期間の制限: 猶予期間は6ヶ月と短く、出願準備に十分な時間をかけられないリスクがあります。
- 手続きの煩雑さ: 例外規定の適用を受けるためには、複雑な手続きが必要であり、ミスをする可能性があります。
- 海外での保護: 例外規定の多くは国内法に基づくものであり、他国で同じように新規性喪失の例外が認められるとは限りません。 グローバルな権利取得を目指す場合、公開前の出願が原則です。
- 進歩性への影響: 例外規定は新規性のみに関わるものであり、公開された情報がその後の特許出願の「進歩性」の判断材料として用いられる可能性は残ります。
したがって、新規性喪失の例外規定は、やむを得ない場合の最後の砦と考えるべきであり、基本的に「公開前に出願」の原則を徹底することが賢明です。
技術者の役割と知財部との連携
研究開発チームの技術者は、学会発表や展示会への参加を計画する早期の段階から、以下の点を意識し、知財部と密に連携することが非常に重要です。
- 早期の情報共有: どのような内容を、いつ、どこで発表・展示する予定であるかを、計画段階で速やかに知財部に伝えてください。
- 共同での知財評価: 発表内容に特許になり得る発明が含まれていないか、知財部と共同で検討してください。技術的な詳細を最も理解しているのは技術者自身です。発明のポイントや新規性・進歩性に関する技術的な見解を知財部に正確に伝えることが、適切な出願判断につながります。
- 公開情報の確認: 発表資料(スライド、予稿、ポスター、配布物)やデモンストレーションの内容について、公開前に知財部に確認を依頼してください。公開範囲の適切性や、秘密情報が含まれていないかなどのチェックを受けられます。
- 公開後の対応: 発表内容に関する問い合わせや、共同研究・ライセンスに関する話があった場合、どのように対応すべきかを知財部や事業部門と協議してください。
チームリーダーやマネージャーは、チーム内でこのような知財を意識した情報共有と連携が習慣化されるよう、積極的に環境を整備する役割を担います。定期的なチームミーティングで発表・展示予定を確認したり、知財部への相談を推奨したりする仕組み作りが効果的です。
まとめ
学会発表や展示会は、技術者にとって研究開発の成果を発信し、社会に貢献するための素晴らしい機会です。しかし、その「公開」行為が、大切な発明の知財保護に影響を与える可能性があることを決して忘れてはいけません。
研究開発の成果を最大限に活かすためには、公開は無計画に行うものではなく、事業戦略、技術戦略、そして知財戦略の一部として、計画的に実行されるべきです。そしてその中心には、技術者自身が「公開と知財の関係」を正しく理解し、公開予定の技術内容について、早期に知財部と連携して知財戦略を検討するという行動が不可欠です。
ぜひ、次回の学会発表や展示会の計画を立てる際には、知財部への相談を、ToDoリストの一番上に加えてみてください。技術者と知財部が協働することで、研究開発活動から生まれる価値を、知財の力でさらに大きく育てていくことが可能になります。